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【第14章】 マイナスをプラスへ——「荒地のトマト」と「砂漠のオアシス」


◆ この章でお届けしたいこと: ムリに美談にしなくてもいいので、ネガティブなことの中から、反面教師として活かす学びや発想の転換を見出して、ポジティブに転じていく考えもまとめておこうと思います。

1 「甘いレモン?」無理に美談にしなくていい

 私自身、本書をしたためながら、過去の思いから心がしんどくなる章もありました。
 これまでの虐待や負の影響などによるつらい経験を、
 「今の自分があるのは毒親のおかげ」
 などと、無理やり感謝や美談に変えたり、毒親の安直な肯定をしたりする必要はまったくありません。
 傷ついたことは、傷ついたこととして、あるがままに認めて心をケアしていく方が健全でしょう。
 ネガティブなことをポジティブに転換するということは、虐待や負の影響を肯定することでもありませんし、毒親を称賛するものでもありません。
 ただ、どうせ生きるなら、前向きにできたらより良いだけ…。
 これからの人生で、ネガティブだった経験の中から、毒親を反面教師にして、ポジティブに活かせる知恵や教訓や推進力を得ればいいだけです。
 もし、毒親が、
 「ほら、私のおかげだろ?」
 と言ってきたら、即答で、
 「ちげ~よ、勘違いしてんじゃね~よ!」
 と、秒で返答する思いで、でも、いちゃもんをつけられないよう、揚げ足などもとられないよう、
 「いいえ、それは違いますよ。」
 と、短くとも丁寧に礼節をもって返答すると思います。
 私は「プラスへ変える」「ポジティブに転換する」といった言葉を、苦しみを肯定する意味では使いたくありません。
 むしろ逆で、苦しみを苦しみとして認めた上で、それでも、残された人生の使い方まで毒親の支配に左右させないために、主体性を取り戻すことが、私の目指す「プラスへの転換」です。
 親に期待も信頼もできないとしても、それで、誰も信じられない・期待できない、ではなく、それなら、「自分の可能性に期待して、自分を信頼して生きればいい」と思ってみたりしています。



2 「毒親に荒らされた心の花壇なら、いっそ、トマトを育てよう」

 自分らしい個性や可能性などの芽が出るたびに、「心の花壇」を毒親に何度も踏みにじられ、取り返しのつかないほど荒されて心も何度もへし折られてきました。
 「心の花壇」を元通りにして元の時点に戻ってやりなおしたくても、私にはタイムマシンがありません。
 元通りにできないなら、いっそ、荒れ果てた土地だからこそ却ってよく育つ作物があるなら、それを育ててみればいい…。
 そんなことを思いつき、私は「荒地ならトマトを育てよう」と思ってみることにしました。
 毒親に失わされた進路も仕事のチャンスも心の健康も時間も、元の通りに戻らなくても、子としてもがきながら見出した別の工夫で、わずかながらも活路が見出せるかもしれません。
 失ったものごとを嘆くより、これからの生き方や取り組み方は、毒親に支配されないよう気を付けながら選んで進んでいけばいい…。
 壊れた関係が修復できなくても、新しい人間関係は築ける…。「元通り」だけでなく、「今の自分が、これから、新しくつくる・育む・可能性を信じる」ことも回復だったりします。



3 「毒親砂漠なら、オアシスをつくる」

 毒親による砂漠のように過酷でカサカサで、しっとりした潤いのない機能不全家族の中で、呆然と立ち尽くしたり、絶望に涙まで枯れそうな状況に置かれたりしながら、それでも、立ち上がり歩みを進めるしかないこともあります。
 そんなとき、砂漠なら、いっそ、心の中にオアシスをつくってみることはできないだろうか、と思ったりしました。
 毒親と自分とを線引きしたり、心身の安全な距離を保ったりしながら、毒親を反面教師にして、活かせるスキルや知恵や教訓を不純物をクリアにして抽出して、良き家庭を築く推進力にしていこう…。
 そんなことを思いながら、家庭を築き、妻のがんとメンタル不調での術後の自宅療養を長期間にわたって支援し続けたり、息子との接し方を工夫してみたりしながら歩んでいます。



4 経験を「人生の知恵」に翻訳する

 私は、本書や「毒親ラボ」で、苦しかった経験を言葉にまとめていきながら心も頭も整理して、毒親という存在の言動の分析・考察・対策検討などを進めてみました。
 言葉にするたび、心が浄化されていくような感じもしました。
 自分の身をもって直面した経験が、同じように悩む方へのヒントになればいいかもなぁ~と思ったりしています。
 もちろん、誰もが経験を公表する必要はありませんし、そんな義務もありません。
 プライバシーとして、誰からも公表を強要されたり、秘密を暴露されたりすることなく、そっと生きることも心身の安全上で必要な面もあり得ます。
 公表しようがしまいが、毒親からの負の影響を受けた子として大切なのは、自分の中で、「苦痛でしかない心身の傷」から脱して、「自分の幸せを守る知恵や工夫」に変えていくことです。

◆ マイナスをゼロへ。ゼロをプラスへ。プラスを、次の誰かのプラスに向けたともに生きる希望に…。



ミニワーク⑨ 私の「プラス要素の抽出」

・苦しくつらい経験で、ムリなく書き出せるようなら、「二度と繰り返したくないこと・二度と受けたくない被害」を書き出してみましょう。(心身がつらいなら、ムリにやらなくて大丈夫です。)

・その反対に、毒親を反面教師にして、「これから大切にしたいこと・実現したいこと」をいくつか書き出してみましょう。

・大切にしたいことや実現したいことに取り組む際に、どんな工夫をしたら良さそうか、いくつか書き出してみましょう。



5 ちょっとしたポジティブでいい…

 これまでの経験をポジティブに活かしてみる際に、何も、大掛かりで壮大なプランでなくても、ちょっとしたことから、ポジティブに変えていければ、それで十分かもしれません。
 「今までは苦しくつらかった時間を、これからは、心身の安全な距離をとって、短くすることができた…」
 といったことや、
 「毒親からの負の影響を、1%くらいは軽減できたっぽい」
 といったことでもいいですし、
 「これまで、毒親のことで心が暗く支配されていた感じだったのが、このところ、毒親のことを気にせず、ゆったりカフェで過ごせた」
 といったことも、ひとつひとつが素晴らしい進歩だと思います。
 「自分の子が話してくれた、自分と異なる意見を、心の余裕をもって、笑顔でしっかり聞けた」
 「ウォーキングをして、少し、心が軽くなった気がする」
 「太陽の光を浴びて、少し、スッキリした感じ」
 「毒親のことが、最近は、少し小さく見えるようになった」
 など、いろんな変化やちょっとしたポジティブを積み重ねて、砂漠に「心のオアシス」を、1つ、また1つ、少しずつ増やして行ければいいと思います。
 1つずつ増えていった「心のオアシス」に、草が茂り、花が咲き、人が集い、話にも花が咲く…。
 そんな自分のこれからの可能性に期待して、毒親が変わらなかったとしても、離れて別々に暮らしたり同居したりしていたとしても、着実に変わり始めた自分を感じながら、一歩ずつ歩みを進められたらいいと思います。
 やがて、いつか、ふと、我が子とともに振り返ってみた時に、にこやかな足跡がペタペタと、長く続いて足元に至っていたら、きっと素晴らしいことなんだと思います。

◆ 今日の一歩:「XXXで大変だ。それならいっそ、〇〇〇しよう!」の、「XXX」と「〇〇〇」に、あなたの状況を重ね合わせて、ポジティブに活かせるかもしれないことを書き出してみましょう。





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