『がんと心のリゾート: がん患者のメンタルケアと闘病を支援する家族の視点』

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第3章 ようやく迎えた、がん手術の日

1 心を整えながら、身体の治療へ戻る

 おうち入院カルテをもとに――精神科と外科の二つの主治医
 精神科での治療を優先しつつ、がんを長く待たせるわけにはいきません。精神科と消化器外科の先生方が連携し、妻の心の状態を見ながら、手術を受けられる地点まで急いで、しかし無理なく戻して下さいました。執刀医による手術前の説明と同意書サイン(インフォームド・コンセント)には、妻の希望に応じて精神科の主治医が同席して下さることに…。精神科病棟のお部屋で、消化器外科の執刀医が、がんの手術の説明をする、消化器外科の先生と精神科の先生が協調して一緒に手術の成功に向けて患者に寄り添う。このワンシーンは、振り返ると、がん治療で身体と心の両面をケアする必要性を示すシーンだったのかもしれません。
 病気を「身体の問題」「心の問題」と分けてしまうのではなく、両方を一人の人間の問題として扱ってもらえたことが、家族にとってどれだけ心強かったか…。
 精神科病棟での治療と休息によって、妻は少しずつ落ち着きを取り戻していきました。
 消化器外科と精神科が連携し、手術を受けられる状態かどうかを慎重に見て下さいました。
 一度は遠ざかった手術の道へ、再び、手術の説明を受けたとき、妻は感染症対策のクリアパネル衝立の向こうから、私に

 「だいぶ元気になったでしょ~」

 と微笑ましく声をかけてくれました。

 私は「そうだね~、安心したよ~」と返しました。

 その短いやりとりだけでも、以前の妃美ちゃんが戻ってきたようで嬉しかったです。

 手術前の説明では、がんの位置や切除方法、人工肛門(ストーマ)となるかもしれない可能性や、転移の有無などについて、執刀医みずからわかりやすくホワイトボードに図解して、丁寧に説明して下さいました。
 医療の細かな部分は専門家に任せるしかありませんが、私ができるのは、説明を妻と同じ方向を向いて一緒に聞き、妻が不安でいっぱいになったときに、ずっとそばにいることでした。


2 手術成功

 おうち入院カルテをもとに――待合室で祈った3時間
 私は手術に六時間くらいかかるかもしれないと思い、病院内の小さな個室の待合スペース(感染症対策にてそこで待つよう指示があった)で、ただひたすら成功を祈り続けていました。朝一番で夕方くらいまでかかるかと思っていましたが、手術開始時間から3時間ほどで術後説明スペースに呼ばれ、執刀医の先生から、腹腔鏡手術がスムーズに成功し、縫合も問題なく、人工肛門も必要なく終えられた、と、切除して下さった、がん細胞を目の前にしながら説明を受けました。私は立ち上がって、執刀医に深々と頭を下げて感謝しました。
 この時は、

 「これでまずは大きなヤマを越えた」と思いました。

 しかし、本書で書きたいのは、実はその後のことです。

 身体の手術が成功しても、心の回復には別の時間が必要だった。

 当初の予定から遅れはありましたが、妻はようやく手術を受けることができました。
 腹腔鏡による手術はスムーズに無事に終わり、ストーマ(人工肛門)をつけなければならない状況は避けられました。

 「手術は成功しました」

 その知らせに、私は大きく安堵しました。
 がん告知から、大学病院での検査、手術直前の心の急変、精神科病棟へのお引越し。
 あまりにも多くの出来事が嵐のように短期間に訪れ、私の時間感覚が麻痺しそうな感じで、心の疲労感は何か月もたったようにさえ感じられました。
 手術が終わってからも、手術を受けられる状態には心を整えて頂けていましたが、妻は再び精神科病棟(普通病棟)に戻り、身体の術後回復と併せて、心もさらに回復が必要でした。
 身体の傷は少しずつ治ってくれて、標準的にこれくらいでここまで回復しそうだよね、といった、回復のステップのスケジュール表みたいな、クリニカルパスが示されたりします。
 一方で、心の回復には、必ずしも、ここまでこれくらいで回復するよね、といった感じではなく、時間やきっかけや様々な要素が関わってきやすかったりします。
 消化器外科の先生が、わざわざ精神科病棟まで診察に来てくださるなど、診療科を越えた対応にも助けられました。
 一見して大変な妻の紆余曲折は、振り返れば、診療科や病名だけで人や治療を分け隔てず、一人の人間を多角的に診て治療していく医療の必要性を示唆しているようにも感じられます。

 妻は、がんの治療を受ける身体面での患者であると同時に、がんを契機にダメージを負った心のケアを必要とする患者です。

 病気や細胞を診る、というより、様々な病気や細胞を抱える人間そのものを診る、ということが重要なのだろうなぁと感じる次第です。
 どちらか一方だけを見ても、その人全体を支えることにはならないように思ったりします。


3 「家に帰りたい」から始まった次の段階

 精神科病棟でしっかりと脳と心と身体を休めることができた妻は、次第に、「退院したい」と話すようになりました。
 精神科病棟では、安全に守られている一方で、安全性の観点でも心の刺激を控える観点でも、他の病棟の病室内でできるようなことも、かなり細かい制限がかけられがちです。
 最初に消化器外科の病棟から精神科の閉鎖病棟にお引越しの際、精神科病棟の看護師さんが荷物を全部持ってお引越ししてくれたのですが、

「これは、角がとがっているから、お持ち帰り下さいね」

「これは、ひも状のもので安全性の観点から、お持ち帰り下さいね」

 と、非常に行き届いたリスク管理の様子を拝見し、安心できる一方で、スマホ(ネガティブな動画などで心の刺激になりかねないですし…)も、充電ケーブル(ひも状のものなので…)も、いろんな物が病室内への持ち込みNGで、ある程度は回復してきたら、すごく暇を持て余しそうだなぁと感じました。
 案の定、ある程度は開腹が見られるようになった妻との電話(精神科病棟内の公衆電話)で、今までは刺激がないのが休めて良かったけど、今は、逆に、制限が多くてストレスになりそうかも、といったお話しをしてくれていました。
 私は、ただ「退院させてください」と言うのでは、主治医の先生が治療面でご心配かもしれないので、主治医の先生が安心できる形で、妻の希望を伝えた方が良さそうだと考えました。
 そこで妻に、こんなふうに相談してみたらどうかなぁ、と提案しました。

 「そろそろ退院して、『おうち入院』したいです。自宅で夫にサポートしてもらいながら、病院ではなく自宅で療養したいです」

 という感じで、服薬を拒むとか、逃げ出そうとしてるとかではなく、服薬やセーブした過ごし方は病院内と同様にしながら、自宅で療養をする、という相談で、妻が主治医の先生にその思いを話し、退院へ向けた流れが整いました。
 このときから、病院内での療養と同じような過ごし方で、家族のサポートを受けながら過ごす「おうち入院」が、妻の心身の回復・寛解へ向けたキーワードとなりました。
 また、コロナ渦中で移動や面会などにも制約が多い中、妻の様子を心配している宮崎県のご両親に、手記をもとに細かにご報告する「おうち入院カルテ」が、本格的にスタートすることになりました。