『がんと心のリゾート: がん患者のメンタルケアと闘病を支援する家族の視点』

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第5章 心の回復は一直線ではない

1 「アップしても油断せず、ダウンしても悲観せず」

 おうち入院カルテをもとに――三歩進んで二歩下がっても、一歩は進んでいる
 調子が良い日は、「もう治った」と思いたくなる。ところが翌日、何でもない出来事で大きく崩れる。その繰り返しだったりします。私は何度も「アップしても油断せず、ダウンしても悲観せず」と、メモして念頭に置くようにしました。
 ある日の記録には、「それはどうであれ、ある意味で『健全に』『順調に』アップダウンを自然に繰り返しながら、三歩進んで二歩下がっても一歩ずつ進んでいる」と残していました。回復を一直線のグラフだと思うと、下がった日は失敗になったりする。波のある右肩上がりだと思えば、下がった日も、妻の回復に向けた歩みになっていきます。

 おうち入院の日々で、私が繰り返し使うようになった言葉があります。

 「アップしても油断せず、ダウンしても悲観せず」

 調子が良い日が続くと、つい「もう大丈夫だ」と思いたくなります。
 でも、そこで予定を詰め込みすぎると、反動で大きく落ち込むことがありました。
 逆に、ひどく落ち込む日が来ると、「全部元に戻った」と感じます。
 でも翌日には、意外と持ち直すこともありました。
 回復は、右肩上がりの一直線ではありません。

 私の感覚では、三歩進んで二歩下がる。

 それでも、一歩は前へ進んでいる。

 大切なのは、その一歩を見失わないことでした。


2 「ピットイン」する勇気

 おうち入院カルテをもとに――休むことはレースを降りることではない
 心の調子が崩れた時、私はモータースポーツの「ピットイン」にたとえてみました。走り続けるために、いったん止まる。タイヤを替え、給油し、整備する。止まることは敗北ではありません。むしろ、無理に走り続けて大事故になることを防ぐための積極的な判断です。
 「休む勇気」は、元気な時には簡単に言える。しかし、責任感が強く、自分に厳しい人ほど休むことに罪悪感を持つ。妻にとっては、「休んでいい」では足りず、「休むことが今日の仕事」と言い換える方が届く日もあった。

 心が疲れたとき、私はよく「ピットイン休憩しよう」と言いました。

 自動車レースの車が、走り続けるために一度ピットへ入ってタイヤを替え、燃料を入れ、整備するように、人も止まる時間が必要です。
 休むことを「遅れること」と考えると、休んでいても心が休まりません。

 「休んだらダメ」
 「早く元気にならなくちゃ」
 「家事をしなくちゃ」

 そんな言葉が頭の中にあると、ベッドに横になっていても、心は走り続けています。
 だから私は、「今日はピットインの日」と言って、休むこと自体を予定にしてしまうようにしました。

 休むことは、レースから降りることではない。

 走り続けるための作業なのだと考えると、少しだけ休みやすくなることがありました。


3 検査結果を待つ時間

 がんの手術が成功した後も、定期検査は続きます。
 造影CT、内視鏡、血液検査、腫瘍マーカー。
 検査そのものより、「結果を聞くまで」の時間が妻にとって大きな負荷になることがありました。
 一年前、がんが突然見つかった経験があるからこそ、「今度も何か見つかるのではないか」と考えてしまいます。
 私は、検査が近づくたびに、「不安になっちゃダメ」とは言わないようにしていました。
 不安になるのは自然なことです。
 大切なのは、不安があっても、受診し、検査を受け、結果を聞くところまで歩けるようにすることです。
 そして、良い結果だったときには、しっかり一緒に喜ぶ。
 その繰り返しが、「検査は怖いけれど、受けても大丈夫」という小さな経験になっていったように思います


4 薬は「心のアシスタントさん」

 おうち入院カルテをもとに――薬を減らせた日こそ、頑張り過ぎない
 薬を減らす相談ができた日は、妻にとって「回復している」という嬉しさがあったようです。一方で、「薬を減らせたのだからバリバリできるはず」と自分を追い込み、その反動で大きく調子を崩した日もあります。回復の証しを、次のムリの土台にしないように…。
 私は、薬は心の仕事を全部代わってくれるものではなく、回復の間、少し荷物を持ってくれる「アシスタントさん」のようなものだと考えました。
 薬の増減は主治医と相談し、家庭では服薬を「できた・できない」の評価にせず、生活を安定させる一つの支えとして扱っていければと思います。

 妻はときに、「薬を減らしたい」「薬に頼りたくない」という気持ちを持つことがありました。

 私は、薬を「弱い人が飲むもの」と考えないようにしようと話しました。

 私たちの間では、薬を「心のアシスタントさん」と呼ぶこともありました。

 主役は妻です。

 薬は、主役が本来の力を出しやすくするために手伝ってくれるアシスタント。

 そう考えると、服薬を「敗北」ではなく「使える支援を使うこと」と捉えやすくなることがありました。
 もちろん、薬の種類や量をどうするかは主治医の先生と相談することです。
 家族が勝手に増減させるものではありません。
 私ができるのは、妻が服薬への抵抗感や不安を話せるようにし、診察の場で相談できるよう支えることでした。


5 「堂々とラクをする」

 おうち入院カルテをもとに 退院後から3カ月くらいの頃
 大学病院の受診を一人でこなして帰宅した妻は、疲れからか、一転して大きく落ち込みました。寝室で思わず叫び、頓服を使い、夕食後にはソファで約1時間半、じっくりお話カウンセリングをしました。
 「悪化したらどうしよう。もし大変な病気になっていたら、ともちゃんに離婚されるよね」
 私は「離婚の選択肢は考えていない」「結婚してからずっと、家族がお互いにどうすれば幸せになりあえるかしか考えていない」旨を伝えたうえで、「堂々とラクをする勇気を持ってみようね」「明日できることは、明日に回すようにしてみようね」「悪くなったらどうしよう、じゃなくて、良くなりたいなぁ、という方向へ、少しずつでもいいから、ゆったり感を大切に向かっていけるといいね~」との旨を伝えました。しばらくすると、妻の表情には笑顔が戻り、息子とお風呂に入れるところまで持ち直しました。

 夫メモ: この日以降、「ラクをする=逃げる」ではなく、「ラクをする=心身の回復のために大切な行動」といったとらえ方で、しっかり休んでもらいやすくなったのかもしれません。


6 「心の余力」を貯める

 もとの記録には、「心の余力を雑用や今でなくても良い用事で消耗させない」「余力を心の余裕・回復への心のスタミナの温存に回す」という、自分で自分に言い聞かせていたような面もある記載が何度も出てきます。
 体力と同じように、心にもその日に使える「心の体力」があるように思います。
 もとより活動的で社交的な妻は、スケジュール帳の枠に予定が空いていると、つい何かを入れたくなるようです。
 しかし療養中は、妻が自覚する以上に何気ないことで「心の体力」を使い果たしがちで、心身をしっかり休めるために、スケジュール帳に空白がしっかりめに必要な状態でした。
 スケジュールの空白は、怠けでも「負け」とかでもなく、急な不安や検査結果の心配や、息子との対話や予想外の出来事への対応や、身体の不調が来た時に受け止めて心を不安で消耗させないために、心のショックを吸収するフカフカのクッションというか余白のようなものと思います。

 妻には、予定を詰めがちなスケジュールの「足し算」から、予定を減らす「引き算」へ少しずつお導きしてみました。

 おうち入院カルテをもとに――「逃げる」ならプラス方向へ
 妻が「再発したり身体の調子が悪くなったりしたらどうしよう」と、不安な方へ、不安な方へと、引き込まれそうな感じで進んでしまう時には、私は、「逃げちゃダメ」とは言わないようにしています。つらいものから逃げること自体が悪いのではありません。同じ「逃げる」なら、マイナスの方に「逃げる」ではなく、プラスの方に全力で「逃げる」だけでいいと思います。

 妻には、

 「プラス方向に全力で逃げちゃおう」

 とお話ししてみたりしました。嫌なことから距離を置く。マイナスに近づかない。心に負荷がかかる予定は、あえてしっかりキャンセルしてみる。昼寝も含めて暇があったら寝てみる。甘いものが食べたくなったら糖分の取りすぎは避けながら、心の内側からの思いを大切にしてパクパク食べてみる。散歩してみる。好きなものを見る。「自分だけでやらなくちゃ」と思うことから「逃げる」ことで助けを求めてもらう。「逃げる」ことを責めるより、「逃げる方向」と「逃げ方」を妻と一緒に考える。そんな、「逃げる」を心の回復でポジティブにとらえてみた次第です。

 夫メモ: 心の「非常用バッテリー」を、今でなくてもいい用事で先に使い切らないようにしたい。余力は「暇」とか「ムダ」などではなく、回復のための「備蓄」や「緊急脱出装置」でもある。

 調子が悪い日に、妻は「お風呂に入らなきゃ、でも、入るのがしんどすぎる」「家事をしなきゃ、でも、できない自分はダメだ」「朝起きなきゃ、でも、起き上がれない自分はダメだ」といった具合で、ついつい自分を責めがちだったりしました。
 妻には、その都度、「ラクをしていいんだよ」「ムリに心を押して動かないことが、遠回りに見えても、心の回復に一番の近道だと思うよ~」といったお話カウンセリングをしておりました。
 でも、真面目な人ほど、「ラクをする」「ムリにやらない」といったことに、罪悪感や自責の念を抱きがちかもしれません。
 家族が何らかの活動(例:息子が朝起きて、私が朝食や登校の準備やゴミを集めてゴミ出ししたりなど…)をしている中で、ソファーなどで起き上がれずに横になっていたり、お昼寝をしていたりしていると、罪悪感や家族に悪いなぁと思ったりして、妻が自分で自分を責めたりしがちでした。

 「堂々とラクをしよう」

 「明日できることは明日に回そう」

 「食事は、スーパーのお惣菜やデリバリーでもいい」

 「お風呂に入るのも、しんどいならムリに入らず寝よう」

 「予定はキャンセルしてもOK、心のムリは避けよう」

 「自分でやらなきゃ、から、人に頼もう!にしよう」

 それらはマイナスの意味での「逃げ」ではなく、心身を守り回復をしっかり進めるための「前に進むための選択」です。
 「逃げずに立ち向かえ」と言われたりすることが多い社会ですが、私は「プラス方向に全力で逃げたらいいと思うよ~」と、妻にたびたびお話しカウンセリングしていました。
 悪化する方向からは逃げた方がいい。
 苦しさを増やす場所や物事や予定からは距離をとろう。
 その先に、自分が穏やかにいられる方向があるなら、そちらへ「逃げる」ことは、「心の回復への前進」だと思います。
 プロポーズの言葉という、ひとつの結婚に向けた「約束」どおり、「お互いに幸せになりあえるように一緒に生きていってくれる?」という言葉に沿って、ずっと、「お互いに幸せになりあえる取り組み」ができるようにしか考えないで暮らすようにしていたりします。