『がんと心のリゾート: がん患者のメンタルケアと闘病を支援する家族の視点』

PDFファイルでの本書の一括ダウンロード・閲覧は下記の画像をタップ/クリックして下さい。

JMRIお目当てサーチ(キーワードで弊社サイト内のお目当ての情報を検索できます)


第2章 手術より先に、心が限界を迎えた

1 少しずつ現れた「いつもと違う」言葉

 おうち入院カルテをもとに――「お金がない」「監視されている」
 入院までの2週間待機の後半、妻は「お金がないから手術ができない」「監視カメラで監視していない?」「みんなつながって本当のことを隠している」と言い出しました、普段とは明らかに違う話をするように…。私は、そのたびに声も表情もできるだけ落ち着け、「そんなことないよ。大丈夫だよ。手術して回復へ向かおうね」と、一つずつ説明したものの…。
 今振り返れば、その時点で、心の危機はかなり進みつつあったのでしょう。
 後から写真を見返すと、入院前日に、入院中に私の誕生日を迎えるからと、少し早めで入院前に、私の誕生日ケーキを買い、家族で歌ってくれた時の妻の表情には、いつもの笑顔とは違う硬さがありました。
 身近にいるから分かることもあれば、身近にいるからこそ「絶対、大丈夫」と、つい見逃してしまうこともあるかもしれません。
 もっと早めに妻の心の異変から、待期期間と言えども、再び大学病院に行って、精神科の受診につなげてあげていたらと、自責の念にかられたりもします。
 手術までの自宅での待機期間中、念のため、妻みずから眠剤を処方してもらうようにしていましたが、妻は十分には眠れず、睡眠不足に加えて、不安を強烈に呼び起こすネガティブなSNS上の投稿や動画を、とらわれるかのように見続けることがありました。
 そして少しずつ、普段の妃美ちゃんとは違う言葉が出始めました。

 「お金がないから手術できない」

 実際には治療費の備えも高額療養費制度もあり、手術を受けられない状況ではありません。
 それでも妻には「お金がない」と思い込んでそんなことを私に話していました。

 手術まで2日くらい前ごろ、

 「私のことを監視カメラで監視してない?」
 「親とも近所の人とも、ともちゃんが全部つながって、本当のことを隠してるんだ」

 私はその都度、声と表情をなるべく落ち着け、「そんなことないよ」「大丈夫だよ」「まずは手術して回復に向かおうね」と、説明したりお話ししたりしました。
 今振り返れば、もっと早く「これは単なる不安の強さではなくて、メンタル疾患の症状・病状としての妄想が出てきている」といった感じで察知して、精神科の医師に早くつなげてあげなければいけなかったのではないかと思います。
 支える家族は、後からならいくらでも「こうすればよかった」と後悔することはできるかもしれません。
 しかし、平静を装って妻を不安にさせないようにしている家族も、慌てることもあるし、医療知識が豊富とは限りません。

 空振りでもいいから、念のため、早めの受診が大切。


2 サインをすれば手術、の直前で

 おうち入院カルテをもとに――突風に舞う数枚の同意書
 入院翌日の手術に向け、あと同意書に署名すればよいという場面で、妻は「手術を受けない。家に帰る」と言い、点滴台を押して病室へ戻ってしまいました。手術は延期に…。
 帰りの車で、さっきまで目の前にあった「妻を救うための数枚の同意書」が、突然の強風で手元から舞い散っていくような感覚に襲われました。夫としての無力感と、ただ一日でも早く手術を受けられますように、という祈りだけが残りました。
 入院当日、病院へ向かう車の中でも妻は、「車にも監視カメラがある」「入院も手術もしないで帰る」と話すようになりました。
 何とかなだめながら、妻の手を引き、各受付カウンターを回って、ようやく入院手続きを終え、消化器外科の病棟へ。
 点滴が始まり、あとは手術の説明を受け、同意書にサインすれば翌日の手術へ進むはずでした。
 ところが、消化器外科の先生による手術の説明と同意書へのサインという、インフォームド・コンセントの途中で、妻は

「手術を受けない」「家に帰る」

 と言い、点滴台を押して自分の病室へ戻ってしまいました。
 目の前にあったはずの「妻を助ける手術への道」が、突然の強風で紙ごと飛ばされていくような感覚でした。
その日は手術延期となり、私はひとりで帰宅しました。
 車の中で、夫としての無力感に襲われました。

 身体のがんは、手術で切除できる見込みがある。

 でも、「手術を受けるための心」がもたない。

 私は初めて、がんの治療や手術って、単に「身体」や「細胞」だけの問題ではなく、がんは「心」も共にケアする重要性を、ひしひしと痛感させられました。


3 消化器外科から精神科病棟へ

 おうち入院カルテをもとに――ベッドごとの「お引っ越し」
 一夜明け、本来なら手術の日。急きょ病室へ呼ばれた私の目に、ベッドの上で膝を抱え、憔悴した妻の姿が飛び込んできました。精神科の医師やスタッフが集まり、妻を落ち着かせながら、消化器外科病棟から精神科病棟へベッドごと移動することに…。移動中、妻は「ともちゃんはどこなの?」と私を呼んでいました。すぐに駆け寄って、一緒に精神科病棟へ。
 「がんの手術に向かうはずの入院」が、「まずがんのショックから心を守る入院」に変わった瞬間でした。
 しかし、大学病院内で精神科と消化器外科が非常にスムーズに連携して下さり、心を立て直してから、身体にあるがんの治療へ向かう、という新しい道が開かれました。
 翌朝、私は急きょ病院へ呼ばれました。
 病室に入ると、妻はベッドの上で膝を抱えるように座り、憔悴した表情をしていました。
 しばらくすると、精神科の病棟長の先生をはじめ、複数の医師やスタッフの方々が病室へ来られました。
個室の病室に、医師・レジデント・看護スタッフなど、10名ほどの方が妻のベッドを囲みました。

 妻は、普段の現実認識とは明らかに違う話をしていました。

 「東日本大震災ってほんとにあったかわからないじゃないですか」

 といったことや、明らかに、医療従事者として医療上で現実と異なるお話しなど…。
 精神科の先生方は穏やかに声をかけながら、妻を落ち着かせるお話しをしながら、別の医師が点滴に鎮静剤の注射を妻に見えないところでさっと注入していました。
 わたしも妻に落ち着いてソフトに声をかけ、妻が落ち着くかと思ったところで、また、妻が興奮というかパッと半身を起こしたりして、鎮静剤も何度か注入で、やっと落ち着きました。
 妻が落ち着いて少し眠りに入ったころ、精神科病棟へ移る必要があることを、精神科の主治医となる先生が消化器外科の病室で私に説明して下さいました。
 医師・看護スタッフの方々が、精神科病棟へのお引越しの段取りを手際よく進め、私は病室の外に出ておいてね、とのことで待っていました。
 ほどなくして、妻が「智ちゃんはどこなの?」と私を探していたそうで、私は再び病室へ呼ばれ、ベッドごと移動する妻と一緒に、消化器外科のある病棟と精神科のある病棟との連絡通路を、エレベーターを乗り継ぎながら、精神科病棟へ向かいました。
 その後、主治医の先生から、がんの進行リスクも考えながら、できるだけ早く手術を受けられる状態まで心を整えていく方針を聞きました。
 私は、妻の日ごろの様子を聞かれ、できるだけ「足さず、引かず」、妻の診断や治療の妨げにならないよう、正確に妻の心の状態を診断してもらえるよう、あるがままに詳しく説明しました。
 もしかすると、家族は本人を守りたいあまり(というか、精神疾患に対する偏見などから精神疾患ではないと言い張る可能性もありそうですが…)、都合の悪そうなことを小さく言いたくなるかもしれません。
 逆に、心配のあまり、物事を過剰にとらえて伝えてしまうかもしれません。
 しかし、医療につなぐときに大切なのは、格好よく説明することでも、話を盛るとか伏せるとかでもなく、医師や医療従事者の方々が、スムーズで正確に判断できる材料や情報を、できるだけ正直に正確に共有することだと思います。

 妃美ちゃんのことば

「ともちゃんはどこなの?」

 消化器外科から精神科病棟へ移る途中、いったん病室を出た私を妻が探していたと聞き、すぐ戻りました。あの短い言葉は、混乱の中でも、妻にとって私が「安心につながる人」「信頼しても良さそうな人」であり続けよう、と強く思わされた一言でした。


4 「お姫様みたい」

 おうち入院カルテをもとに――閉鎖病棟で休めた心
 閉鎖病棟と聞いて、家族として少し不安はありました。ところが、少し状態が落ち着いた妻は、一般的な状況よりかなり軽い拘束具の使用だったようだが、看護師さんが何でもしてくれて「お姫様のような気分」と話していたといいます。その言葉を聞いた私は、主治医の先生と一緒に少し力が抜けるというか、少しホッとするような気持ちになりました。
 電話もSNSも、家事も仕事も、何かを「しなければならない」といった義務感や刺激からいったん離れ、ただひたすら、しっかりと眠り、休み、興奮状態で疲れ切った脳を休める。後の「おうち入院」で私が大切にした「穏やかゆったりぐすり」も、私の当事者経験からしても、妻の精神科病棟での過ごし方としても、間違いではなさそうな感じはしている。
 精神科病棟への移動を、私は最初、妻の心を案じて心配でしたし、何より、もうすぐそこにあった目の前の手術が遠のいたこともあり、心がグッタリしていました。
 ところが、その後、主治医の先生から妻の様子を聞き、少し肩の力が抜けたというか、ホッと安堵しました。

 妻は

 「看護師さんが何でもやってくれて、お姫様みたい」

 と、明るくのんきに話していたというのです。

 私は思わず、先生と一緒にズッコケそうになりました。
 もちろん、笑いごとではありません。
 しかし、妻のその一言は、妻が完全に自分を失ったわけではないし、手術への道は思いのほか近いかもしれない、と感じさせてくれました。
 精神科病棟では、電話もメールもSNSもなく、何かをしなければならない予定もなく、医療スタッフの方々に守られて休める環境です。
 妻の脳と心と身体にとって、休みたくても休めず不安が延々とループして苦しかった中で、それは必要な「強制的な休息」だったのかもしれません。
 人は、休むことが急務となるほど疲れていても、自分からは止まれないことがあります。
 妃美ちゃんは、「心が休めない状態」になっていました。
 「おうち入院」で、私の当事者経験からも、「堂々とラクをする」という過ごしてもらうやり方は、この病棟での経験からも、それなりに妥当かなぁと思ったりしています。

 妃美ちゃんのことば

 「看護師さんが何でも全部やってくれて、お姫様のような気分です」

 閉鎖病棟という言葉から私が想像していた緊張とは対照的に、妻は「何もしなくていい時間」をのんきなほど楽しく過ごし、少しずつ休めていました。